印刷の話(その12:伝説のフォント、「石井明朝」が復活)

伝説のフォント、「石井明朝」が復活

印刷物を組版する工程をDTP組版と呼びます。デザイナーやDTPオペレーターが、MacintoshもしくはWindowsのパソコンに搭載したInDesign・Photoshop・Illustratorなどのソフトウェアを使用して、ディスプレイを見ながら組版や編集、デザインを行います。
印刷やデザイン業界で見られる当たり前の風景ですが、印刷工程の一つであるこの組版技術も、戦前から戦後そして現在にいたるまでの間にずいぶん変遷がありました。

明治以降の文字組版の変遷

  1. 活字組版⇒
  2. 写真植字機・タイプライター⇒
  3. 電算写植機・電子組版機⇒
  4. DTP(デスクトップパブリシング)

このうち、文字組版のアナログ時代が①と②で、およそ1850年代~1990年代。デジタル化の時代が③と④で、およそ1980年代~現在になります。この②から③に至るアナログからデジタルへの技術の変化が、印刷業界にとっては天と地がひっくり返るほどの大きな変革となりました。

④のDTPは、組版工程をパソコンと専用のソフトウェアを使用して行うもので、現在ほとんどこの方法で行われています。使用するパソコンはおもにMacintosh(Windowsの場合もあります)。Illustratorなどの専用のソフトウェアを搭載しています。今では当たり前の光景ですが、デザインまたは組版したものを画面で確認ができ、プリンターもしくは刷版に直接出力することができます。

②の写真植字機は1924年~2000年ごろまで使用されています。戦前に二人の技術者によって、世界に先駆けて発明されました。森澤信夫と石井茂吉です。
それまで行われていた活字組版は、文字サイズごとに一そろいの活字を用意しなければならず、組版設備も大掛かりなものになります。また、一文字一文字活字を並べる作業も大変で、組版デザインの自由度も限られたものでした。

写真植字は、レンズを使って自由に文字を拡大縮小あるいは長体や平体、斜体などに変化させることができ、レイアウトの自由度が大幅に向上しました。
戦後の復興期1950年代から1990年代は、高度成長もあいまって写真植字による組版および印刷の業界は大きく成長していくことになります。
しかし、森澤信夫と石井茂吉はやがて袂を分かち、その子の代になって「写研」と「モリサワ」という二つの写植機メーカーとしてバブル期を謳歌し、③の電算写植の時代へ移っていきます。

「機械のモリサワ」、「フォントの写研」といわれた通り、両社の営業戦略もあってか、モリサワは印刷業界に、写研はデザイン業界や出版業界に多くのユーザーを獲得していきます。

狂気の石井茂吉がつくった写研の書体に対するこだわりは熱烈なファンを生み、モリサワを圧倒しました。「石井明朝」やゴシック系の「ゴナ」の書体は、出版界やデザイナーの間で必須の書体とされたために、必然的に写植機自体のシェアもモリサワを凌駕することになります。

筆者が印刷会社の営業をしていた1980年代は、確かにクライアントの写研フォントに対する要求がきわめて強かったことを覚えています。書籍などの頁物における「石井明朝」に対するこだわり、チラシやポスターなどでの「ゴナ」に対するデザイナーのこだわり、今から考えると信じられないほどの人気を得ていました。
「石井明朝」のエレガントで美しい縦組み、縦に組んでも横に組んでも整然と前後左右が揃って詰め打ちでも平体でも美しい「ゴナ」。
これだけ写研のフォントに対する人気は大きかったのですが、その後なぜかデジタル化への対応をしなかった写研は、次第にそのシェアを落としていき、写植機そのものが使われなくなります。

もはや伝説のフォントとなった写研書体ですが、なんと2024年復活することが発表されました。モリサワの発表によると、2024年新しい書体パッケージ「Morisawa Fonts」プランで、写研の「石井明朝」「石井ゴシック」などを提供するというのです。
フォントはデジタル化に伴って、Open Typeとして改刻したうえでリリースするということです。
2024年というと、初めて写真植字機を共同で特許出願してから100年目となります。石井茂吉が心血を注ぎ、生涯をかけて製作した写研のフォントは、社会に受け入れられ、絶大な人気を博しました。次女である裕子が社長になってからはかたくなに外部との提携やデジタル化を拒んできました。その裕子が亡くなり、モリサワと写研との和解ということなのでしょうか。いずれにしても、日本語を使う社会全体の財産であるともいえる秀麗な石井フォントがよみがえり、印刷物に使えるということは喜ばしいことです。

*(参考サイト)モリサワ 写研書体を字游工房と共同開発 2024年に「石井明朝」「石井ゴシック」の改刻フォントをリリース
*(参考文献)写真は昭和44年6月に発行された「石井茂吉と写真植字機」(改訂版):非売品

■2024年2月22日にオンライン開催されたセミナー「日本語デザインを変えた技術 発明100年に1から知りたい「写植」の話」(前編・後編)で、阿部卓也講師による、文字と写植をめぐる歴史や技術の詳しい話、また写研フォントの復活についても言及されています。動画の視聴もできます。