大学生は本を読まなくなったのか~データから見える学生像の変化

本を買うお金が、どんどん減っている

全国大学生協連が毎年行っている学生生活の調査によると、大学生が一ヶ月に本を買うために使うお金は、ここ数年で大きく減り続け、ついに新書一冊も買えないほどの金額(1000円以下)になってしまった。

その背景のひとつは物価の上昇だ。食費が上がるなか、大学生たちは食費以外の出費を切り詰めることで生活を成り立たせている。そのしわ寄せが、本の購入費にも及んでいる。

しかしそれだけが理由ではない。図書館のデジタル化や電子書籍の広まり、さらには生成AI(ChatGPTのような、質問すれば何でも答えてくれるAI)の普及によって、「本を買わなくても知りたいことが調べられる」という環境が整いつつある。お金の問題というより、本という「メディア」そのものの位置づけが変わりはじめているのだ。

 

読書時間ゼロの学生が半数を超えている

お金だけでなく、読書に使う時間も減っている。一日のうち本を読む時間がまったくゼロだという学生は、今や半数を超えている。

この傾向を悪化させているのがアルバイトだ。アルバイトをする時間が長い学生ほど、本をまったく読まない割合が高くなる。多くの学生がアルバイトで生活費を補っており、勉強や読書に使える時間と気力が削られてしまっている現実がある。

一方で、興味深いことも分かっている。アルバイトの多い少ないにかかわらず、一定時間しっかり読書をしている学生も一定数いるのだ。つまり大学生の読書事情は、「まったく読まない層」と「きちんと読む層」にはっきり分かれつつある。読書は時間さえあればするというものではなく、習慣として身についているかどうかが大きく影響しているようだ。時間が余っても本を手に取らない学生がいる一方、忙しくても読み続ける学生がいる——そういう二極化が静かに進んでいる。

 

大学進学率は戦後数%からいまや6割に

こうした変化を正しく理解するには、そもそも「大学生」とはどんな人たちなのかを考える必要がある。

文部科学省の学校基本調査によると、いまや高校を卒業した人のうち約6割が大学に進学している。これは戦後まもなくと比べると、まったく別の社会といってよいほどの変化だ。かつて大学進学率が数%だった時代、大学生はごく限られた、勉強への強い意欲を持った人たちだった。当然、読書習慣も学習への熱意も高かった。

しかし進学率が上がり、高校を出た人の大半が大学に行くようになると、必然的に「以前なら大学に来なかったかもしれない」層も含めて、さまざまな学生が集まるようになる。学ぶことへの関心も、読書の習慣も、人によって大きく異なる。読書をしない学生が半数を超えているという現実は、個々の学生のやる気の問題というより、こうした社会全体の変化の結果として捉えたほうが正確だろう。

 

AIが「読書の代わり」になっているのか

もうひとつ見逃せない変化が、生成AIの急速な広まりだ。調査によると、生成AIを使ったことがある学生は9割を超えており、レポート作成や授業の予習・復習、翻訳や悩み相談など、さまざまな場面で活用されている。

かつては「知らないことを調べる」といえば、本を読むか図書館に行くかだった。いまはAIに聞けば、すぐにわかりやすくまとめた答えが返ってくる。こうした環境の変化が、本を読む必要性の感覚を薄れさせている面は確かにある。

ただ、だからといって大学生が「勉強しなくなった」とは言い切れない。授業の予習・復習に使う時間は、数年前と比べてむしろ高い水準が保たれているからだ。本を読む時間は減っても、学ぶこと自体をやめたわけではない。読書という形から、AIや動画や検索を使った学び方へと、学習のスタイルが変わっているのだと考えるほうが実態に近いだろう。

 

まとめ——「本を読まない」の背景にあるもの

大学生が本を買わなくなり、読書時間が減っていることは確かだ。しかしその背景には、物価高やアルバイト依存という経済的な苦しさ、デジタル化や生成AIという技術的な変化、そして大学進学率の拡大という社会的な変化が複雑に絡み合っている。

読書をまったくしない学生がいる一方で、忙しくても読み続ける学生がいる。大学がほんの一部のエリートのものだった時代から、多くの人が通う場所へと変わっていくなかで、学生の姿も多様になっている。「大学生はこうあるべき」という一つの像で語ることがもはやできなくなっている時代に、私たちは生きているのかもしれない。(CL)