出版科学研究所が出版物の推定販売額を発表

出版科学研究所が2025年の出版物の推定販売額を発表しました。それによると、日本の出版市場は紙と電子を合わせた市場全体としては微減傾向となっています。紙の書籍が今後果たすべき役割と、それを支える書店について考えてみます。

 

2025年上半期の市場動向

出版科学研究所の調査によると、2025年上半期（1月〜6月期累計）の出版市場（紙＋電子）の推定販売金額は以下の通りです。

 

カテゴリ	推定販売金額	対前年同期比	特徴
紙の出版物 （書籍・雑誌計）	約4,900億円	5.4%減↓	依然として市場の過半を占めるが減少傾向。
電子出版市場	約2,800億円	4.2%増↑	市場全体を支える成長ドライバー。
紙＋電子の総市場	約7,700億円	2.1%減↓	市場全体の規模は縮小傾向にある。

 

【ポイント】

• 紙の市場（書籍・雑誌計）は前年比5.4%の減少と、依然として厳しい状況にあります。
• 電子市場は4.2%の成長を維持していますが、紙の減少分を補うまでには至っていません。
• 紙の市場において、特に雑誌の大幅な減少（11.4%減）が全体の数字を押し下げています。

この数字は、特に紙媒体の流通を担う書店や取次にとって厳しい現実を突きつけています。同時に、紙の書籍が電子には代替されない独自の価値を確立し、市場の大部分を維持しているともいえます。

 

紙の書籍の「非代替的な価値」

デジタル化の波は不可逆ですが、いっぽうで紙の書籍は電子媒体では実現し得ない「非代替的な価値」を持っています。

 

1.　深い思考と記憶への定着

紙の書籍は、目から入る情報に加えページをめくる、重さを感じる、書き込みをするという五感と身体の動きを伴います。この物理的な操作が、複雑な内容の理解や、記憶の定着を助けるという研究もあります。電子的な情報に邪魔されず、静かに集中できる環境は、深い考察を必要とする学習書や、じっくりと味わう文学作品にとって、最適な読書体験を提供します。

 

2.　所有の喜びと文化的価値

装丁の美しさや、作家のメッセージ、そして時間を経て生まれる古書の風合いなど、書籍は「形ある文化財」としての側面を持ちます。本棚に並べられた背表紙はその人の知的好奇心の歴史であり、自己表現の一つです。これは、データとして存在する電子書籍では得られない物質的な喜びと満足感です。

 

3.　デジタルデトックスの道具

デジタルデバイスがあふれ、常にそれに晒されている中で、紙の書籍は意図的に画面から離れ脳を休ませる「デジタルデトックス」の役割を果たします。ストレスの軽減や集中力の向上といった、心身の健康という観点からも紙媒体の価値は再評価されています。

 

書店は本を「体験」するコミュニティの場

紙の販売額が減少する中で、これからの書店の役割は単に本を売る小売店から、「本と出会い、文化を体験する場」へと進化することにあります。

 

• 「偶然の出会い」の創出

オンラインのレコメンド機能は便利ですが、書店は予期せぬ本との出会いすなわち「セレンディピティ」を提供します。店員のPOPや棚の並びには人の意思が介在しており、顧客の興味を広げ、新しい世界への扉を開く役割を果たします。

 

• コミュニティのハブ機能

近年増加しているカフェ併設型や独立系書店の成功例に見られるように、書店は地域住民が集まり著者イベントや読書会といった文化活動を行うコミュニティのハブとなりつつあります。書店は本を通じた交流と学びの場を提供することで、単なる商品価格ではない「体験価値」を生み出しているのです。

 

• 複合的なキュレーション

書籍と親和性の高い文具、雑貨、アートなどを組み合わせた「ライフスタイル提案」は、書店の収益性を高めるだけでなく、「本のある生活」を具体的にイメージさせる役割を果たします。これにより、書店は時間消費型の複合商業施設として厳しい市場環境の中でも存在感を高めています。

 

変革期の先にある未来（まとめ）

2025年の推定販売額は紙の出版市場の縮小傾向を裏付けていますが、これは紙の書籍が市場から消えることを意味するものではなく、むしろ市場全体が電子と紙で役割分担を進めている状態ではないでしょうか。

電子書籍が利便性と手軽さを担う一方で、紙の書籍は「深い読書体験」と「文化的価値」という独自の強みを研ぎ澄ませています。そして書店は単なる流通の場ではなく、その価値を顧客に伝える「体験の場」として進化を遂げています。

厳しい数値の裏側で進む、こうした紙の書籍と書店の「質の向上と役割の特化」こそが、出版文化全体のポジティブな未来を築く鍵となります。（G.M.)

.＜参考＞出版科学研究所：https://shuppankagaku.com/